(58)『死に学』…能登への深夜ドライブにて想う

能登ぶらり旅
これはまだ真っ暗な国道に入る前の映像ですが、とてもさび石井感じです。深夜ドライブ

いつも、ふっと大好きな能登半島に、深夜の1時、2時頃から名古屋を出発して、ふらりとお忍びで、ぶらり一人旅に出かけます。何をおいても、わくわくします。今回も、時期は明記しませんが、楽しく出発です。この記述は、その深夜の走行途中、又は、氷見(ひみ)市場での朝食時、またさらに、その日の午後7時頃に、しみじみと旅館に着いた後のホッとした食事後の記述を、編集したものです。お楽しみくださいませ。長いので、可能であれば、3回くらいに分けて記載したいと思います。

さて、今も書きましたように、深夜2時ぐらいに名古屋を出発して能登半島に向かって。 走っています。 今回もお忍びで。 能登半島に行こうとしていますが、今回は前線が活発で、ニュースでも皆様ご周知のように、前線が活発で、梅雨の時のように、土石流被害もあるような“大雨”でございます。本当に台風が来てるような前線の活発さで、すごい雨の中を深夜真っ暗な国道を、名古屋から走って、『下有知(しもうち)』というところから156号線になって、そこから156号線をまっすぐ砺波(となみ)市まで、どんどん走行しています。 氷見(ひみ)までこれは通じていますので、そこまで行きますが、深夜一時に出発すると、2時30分頃に岐阜県の“美濃にかわ茶屋”という道の駅?!に少し寄って休憩して、そしてまた孤独な運転を続けて、雨なので、早朝の午前4時半になっても、まだほとんど真っ暗です。

深夜ドライブはこんな感じです!一人で寂しい、孤独、絶望すら感じますよ。でも楽しいです。
これは深夜ではなくて、昼ひなかの、能登半島の海の映像です。半島左側の、上から1/10くらいの所にある、機具(はたご)岩というところです。ステキな海岸風景です。

本当にまあ、運転もさることながら怖いというか、真っ暗の中で。 死ぬということを、なんとなく人間も死ぬという運命、宿命ということを考えます。それは必ずしも自動車事故で、このドライブ途中に事故にもし遭遇したり、事故に巻き込まれたり、自分で運転を誤って事故を起こしたりして死ぬということではなく、何かこの本当に真っ暗の中を走っていると怖くなってくるというか、自分が死んで、三途の川までの真っ暗な、ぬるぬるした地面を踏んで歩く、もしくは、三途の川を割ったのちに訪れるであろう、地獄とはこんなものなのかとか、そんな風に思ったりもします。 そしてまあいつもそうなのですが、徹夜で結局運転して、次の日は宿の暖かい布団の中で、夏でも冬でも寝るということなので、それを思うと本当にホッとします。つまり、今は本当に深夜の真っ暗で孤独な国道を橋いているので、色々な意味で、孤独に押しつぶされそうに不安と恐怖なのですが、今日の夜は、暖かな、旅館の布団の上で、穏やかな心で、安堵して眠ることができるだろうという希望を想像している訳です。部屋の中で暮らしている人間というのは幸せなものだと感じますが、こうやって深夜の真っ暗な国道を走っていると。 怖ささえ感じますが、自分ももう60歳以上になりまして、本当は人間をもう60過ぎたら『死学(しにがく、しがく)』というか、死亡学というか、死の学問というほど大げさなものではありませんが、それでも、62歳になったら70までの10年計画、例えばガンとか何か病気になった場合、または糖尿病とかですね、心筋梗塞とか脳梗塞になった場合、どうするかとか生活費をどうするかとかですね、奥さんとか旦那などの連れ合い=配偶者がいる人は、その人も病気になったり、死ぬ可能性があるわけですから、そういう意味では、まあ70歳までの10年間の人生をやっぱりプランを作らないといけないと思うんですね。もちろん、多くの人は、そんなことはトウに、“終活”のようなものとして、例えばもう40歳ころや、退職した55歳くらいの時期から人生プランとして考察しているのかもしれませんが、わたくし自身は行き当たりばったりの風来坊のような間抜けな人生を歩んできていますので、今やっとそういうことの重要性や、恐ろしさに思い当たったという感じなのです。

確かに、中学校や高校で、『死に学』を教えても印象が薄いというか、これから大きな希望溢れる未来に羽ばたこうとしている若い人たちに、もうあと20年くらいしか人生が残っていないならば、人生プランをどうするかを考えろと言っても、縁起悪いし、何せ遠い未来なので、ピンときませんし、彼らが実際に、60歳、70歳になるころには、習ったことを忘れてしまうでしょう。それでも多くの人は、まだこれから、まだこれから一頑張りしようということで、健康であるならば、しっかり生きようとする努力を惜しみません。最近でこそ、ここ10年程前から、“終活”の重要性などが説かれて、“断捨離(だんしゃり)”なども浸透してきてはいますが、なかなか世の中の多くの人が、60歳とかになって時点で、残りの、例えば1年毎の人生計画、しかもどのように死んでいくのかというプランは立ててはいないと思えます。もちろん、自分には無関係、そんな事は起こりえないだろうと思っていたって、事故で死んだり、もっとまずく半身不随とかで寝たきりになったり、認知症で何もわからなくなる、脳梗塞や心筋梗塞で助かっても寝たきりや、身体が動かなくなったりする可能性も大きいです。万一そうなった場合の、保険や生活費、日常のサイクルをどうするかなどは、何も特別に、高齢の入り口に立った時に考えるというのではなくて、人生のどこでも起こりえるので、もっと早くからプランを練ってもいいくらいではあります。

これは、能登半島のでっぱりの、右上の狼煙海岸(のろし・かいがん)をもう少し左の方(西の方)に来たところの木浦(きのうら)海岸近くの海の風景ですわなも。

ま~、とにかく、本当に暗くて、孤独で寂しい、何も根拠のない絶望する感じる、真っ暗な深夜の国道156号線(わたくしは『伊五郎』と呼んでいます。)を走っていると、そういうことをとにかく暗い中で考えてしまいます。そうすると、何か必死に生きようとするような、例えば本日の正午に食べる予定のお寿司なんかも、本当に『まぐろや』(羽咋市)というところで新鮮な回転寿司を食べるのですが、そういう本当にそのお寿司の一握りがありがたい。、何気ない日常の幸福というものが、ひしひしと身に迫ってくる感じがいたします。

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