死に学

世の中の出来事

(285)近づく死の領域(第6回目=最終回)

超越的存在の意志というのが何を意味してるのか判らない読者が多いと思いますが、まあ簡単に言えば“神”の意志です。要するにもし神が人間を作ったのであればその人間が色々人生を一生懸命生きてきて、そしてまもなく滅びようとする最後の時に、その神は祝福...
世の中の出来事

(284)近づく死の領域(第5回)

神の意志があるかないかは別として、わたくしは基本的には無神論者ですが、ただ何か霊界というのはあるし、死後の世界があることは信じていますし、何かやはり全体を司るような、神に代わる超越的存在の“意志”は感じることがあります。多分、人々はそれを神...
世の中の出来事

(283)近づく死の領域(第4回目)

ちょっと話は変わりますが。 私は小学生とか中学生の若い頃に…と言っても、小学生のときはそんなことは考えられませんので、思いついたこともなかったのですが……死というのはもっと安楽なものだと思っていました。といっても具体的なイメージがあるわけで...
世の中の出来事

(282)近づく死の領域(第3回目)

まあ、これにはいろんな意見があるでしょう。例えば、そんなことをすれば余計早くボケてしまって、認知症になってしまうから、生きている限りは目標を持ってどんどん邁進(まいしん)するのが良い。つまりどちらかというと上昇志向で、今よりもさらに一ヶ月後...
世の中の出来事

(281)近づく死の領域(第2回目)

それで思うのですけれども、やはり70歳より上になった時に、事故とか事件で命をなくすというのは除外して、普通に生きて病気になることは当然あるので……要するに老衰とか病気も含めた寿命で亡くなるということですが……簡単にいえば70歳以上になれば、...
能登ぶらり旅

(58)『死に学』…能登への深夜ドライブにて想う

いつも、ふっと大好きな能登半島に、深夜の1時、2時頃から名古屋を出発して、ふらりとお忍びで、ぶらり一人旅に出かけます。何をおいても、わくわくします。今回も、時期は明記しませんが、楽しく出発です。この記述は、その深夜の走行途中、又は、氷見(ひ...