(256)母親と猛暑の想い出(後半)

世の中の出来事

先回は、母親が買い物していて、本人は鬱陶しいので、わたくしからの電話に出なかったのだけれども、親切な他人の女性が携帯の着信音を聴いて出てくれたので、ほっとしたというお話をしました

そういうこともあって、別の場所で一人暮らしをする母親は一番心配の種だったのです。

母親も、以前は看護婦でしたのに、そういう風に、倒れているのではないかと思う、少しは認知症に近い生活ですから、朝と晩に、息子に無事なことを連絡する義務があるといいますか、そういう状況にいるということを、やはり理解できていないのでしょうか?

母親も若い時は理詰めで考えるタイプでしたので、何度も上記の事を説明して、説き伏せたのですが、(本当は認知症的な人を説き伏せるのはNG❣)面倒くさいと言って頑固としてクーラーもつけないし電話もしないので、本当に何べん、倒れているのかと思って、その都度実家と自分の家を往復したことでしょうか⁉

しかし20分くらいのところで生活しているというわたくしは、ある意味条件が良くて、これが例えば愛知県で生活しているけれども、母親は三重県の実家にいる…なんてことになれば、当然そんな様子を見に行くなどという事は、片道3時間ぐらいかかるでしょうから、とてもとても心配になる度に、物理的に実家に飛んで行くということは不可能です。

そういうような、親と遠距離に住んでいらっしゃる皆様は一体どうされているのか……? とても気になるところではあります

もちろん多少お金持ちの人であれば、お手伝いさんとか、民生委員と連絡を頻繁に取って、朝に夕に見回りをしていただくということも…つまり訪問見回りをしていただくという事も可能ではあるし、実家の隣人と仲良くして、こんな環境であれば、隣人が何くれとなく、独り暮らしの母親を、気にかけて朝晩、軽く様子を見てくれたりすることはあって、異常があればすぐさま連絡してくれるとか、救急車を呼んで、とりあえず手当などをしてくれるということは可能だと思います

さて、それで実際に母親が倒れたようなことがあったかというと、確かにやはり8月の真っ最中、残暑厳しくというか、残暑よりは本暑?の内の時期ですが、その猛暑厳しき折に、また携帯電話に出ないので、もう今度こそ死んでいるのではと思い、駆け付けたら、本当に板の間の所に寝っ転がるようにして『和己(わたくしの名前ですよ。)…もうだめだから、救急車を呼んでくれ』と言っておりました。

ただ、意識不明というのではなく、救急車を呼んでくれという指示を、明確に話すあたり、全然本当はダメとかじゃなくてしっかり意識があるじゃないかと思ったのですが、確かに体がぐったりしていたようなので、救急車を呼びました。とは言っても、いつもお世話になっている、10ブロックぐらい向こうの、半分個人病院の様な3階建ての小さな建物の病院に運んでいただいて、そこで点滴をしてもらい、夜になってから家に帰ってくる…そんな感じでホッとしてはいましたが、そういうこともあって、母親が亡くなるまで、3回くらい救急車に同乗したのを覚えております。(その内1回は、首吊りの自殺未遂後らしい……

 皆さんはそういう高齢の母親とかをお持ちの方は、どの様にしていらっしゃるのでしょうか?一緒に生活しているなら、まだしも、遠いところに高齢の両親がいる。もしくは片親は既に亡くなっていて、一人だけ高齢の親というような場合も多いでしょう? ご意見や状況などをお聞かせくださいませ

(このトピックは、今回で終わりです。)

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