(147)限りない郷愁と昔日の思い出…

懐かしい昔の事柄、ドラマ、アニメ、出来事、思い出
遠い遠い昔、小さかった頃の風景

(年末に書いたエッセイですわなも。)こうやって、自動車の中で、過ぎ去る窓外の風景を眺めながら、スマートフォンの録音機能を使って、運転しながら書いています。今は12月24日、金曜日のお昼ちかくですけれども、非常に暖かな、そして冬には珍しいと言える強い日差しで、穏やかな晴天の日差し、日光を楽しんでいます。 こんな日には、先ほどそうしたように、喫茶店のテラスで珈琲などを飲んでいると、本当に立ち眩(くら)みがするような感じで、立ち眩みというのは、別に体調がひどく悪い訳ではなくて、これから記する様に、昔日を思い出すからです。

昭和30年代、40年代のことを思い出すとそうなります。 昭和30年代、40年代の日差し(陽射し)といっても、皆様にはぴんと来ないかも知れませんね……。夏の暑い日差しはわたくしは大好きですけれども、そうではなくて、冬のこういう寒い中にも、時々、自動車の中にいたり、喫茶店のテラス、又はもちろん普通の店内の座席でもいいのですが、そういう場所にいるとすごい、あたたかな陽射しの時のような場合、多少、冬ですから、冬の場合は、空気が乾燥したり、大気の?濃度が薄くなるのでしょうか?

なぜかいつも昭和30年代、40年代の昔々、学校で遠足に行った時とか、まだ田んぼがいっぱいあった、名古屋市の街中(註・わたくしの当時住んでいたところは、今でもそうですが、愛知県名古屋市です)、舗装されていない道路で、バス停の近くを歩いたりした時の、そういうとっても懐かしい陽射しを思い出します。

普段の陽射しと異なるのでしょうか?普段の日差しは、やはり名古屋市内では、会社とか工場とか色々あるので、工場から排出される煙とか又は自動車の排気ガスとかで、かなり汚れているのかもしれませんが、冬休みになったりすると、そういう工場などがお休みになり、自動車の数も少なくなるせいでしょうか、空気が結構きれいに透き通ってような感じになりますので、そういう昔の時代の陽射しに似ていると思われます。わたくしの体がそういうことを感じるのか、何か、本当に、頭の中で、そういう遠い、遠い昔の日々や日常を、結構鮮明に想い出し、それで、一種の立ち眩みがするのです。どちらかと言うと歓迎すべき“立ち眩み”なのですが……そういう時代を思い出します。

当然、大人になってから、色々なことを広い意味で物心がつくというか、世の中の善悪が判断でき、毎日の生活の重要さや何気なく過ぎゆく日々の幸福なこととかが判ってきますが、若い頃というのは本当に動物と変わらず、特に楽しいことを追求するわけでもなく、乱暴に日々や月日は過ぎ去っていきます。それにわたくしの場合は家庭が色々な意味でめちゃくちゃに壊れていましたから、何の考えもなく、目標もほとんどなく過ごすことも多かったように思いますが、そういうことが懐かしく思い出されます。 特に楽しい思い出といっても特に無いのですが、まあ子供心にいくつか楽しいことはあったでしょうね。(この項はこれで終了)

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