宮里喜志子(みやざと・きしこ)は恋人の佐藤和馬(さとう・かずま)ともう何回目のデートになるのだろうか? 今回は少し遠出をするということになって、A県のK港からH島に渡るフェリーに乗って島に行きました。K港まで自動車でドライブし、そこの港の駐車場に自動車を駐車してH島までフェリーで渡ることになりました。そして島に着いてからはいかの丸焼きや大アサリ焼きの食事を堪能し、少し島の中を散歩する事になりました。散策道はやがて海岸を外れ、山の上を目指すような高台に差し掛かって、小さな古い洞窟のようなところに至ります。
そこまで歩いた時に、佐藤和馬は宮里喜志子にこう言いました。『実は来てから教えて驚かそうと思って内緒にしていたんだけれども、ここは僕の故郷なんだ。でも故郷といっても、僕の祖父は県内に住んでいるので、噂のような感じの言い伝えでそういわれているだけなんだけどね。自分もこの島に来るのも初めてだしね。』と言う。宮里喜志子は一瞬、奇異な感じがして『和馬さん、どうしてそんな古いことを知っているの?』『うん、僕の家には古くからの言い伝えがあって。僕の祖先は鬼の一族だったことがわかっているんだけれども、その祖先は、心無い人間の姉弟に、とっても卑劣な手段で殺されてしまったんだよ。』宮里喜志子は驚いて、和馬を見つめた。『鬼の一族って?人間の姉弟って?それはどんな話?なぜ和馬さんそんなことを知っているの?』『うん、その古い姉弟は? 宮蔵という人たちなんだよ。宮蔵姉弟は、僕の祖先をだまして殺したんだ。』それを聞いて瞬間心の中で宮里喜志子はちょっと驚きました。なぜかというと、昔おじいさんからうちの古い名前は宮蔵と言うんだよ。そしてうちの家系は鬼退治をした、まあ言ってみれば桃太郎みたいな家系なんだよと冗談半分に教えられたことを思い出したからでした。その時、宮里喜志子の足に何かすごい、激痛のようなものが走ったので、喜志子は思わず、立ちくらみがするような感じで地面に膝をついてしまいました。
慌てて、和馬にすがろうと振り仰ぐと、そこには 鬼の形相したような和馬が、喜志子を見降ろしながら立っていました。『まだ分からないのかい?』和馬は今まで聞いたことのないような恐ろしい声を出しながら喜志子に言うのでした。『俺はお前に復讐するために、現代に蘇った鬼なんだよ。』と言いながら、両手を出して、その指から生えている恐ろしい角のような爪で、喜志子の首を絞め始めました。喜志子は、自分の首にめり込む爪の音を聞きながら絶命したのでした。 佐藤和馬の復讐はこれで完結したのです。
遡(さかのぼ)ること、はるか、はるかの昔……
【註:以下の文章は佐々木喜善(ささき・きぜん)氏著作の聴耳草紙(ききみみ・そうし)の103ページ『鬼の豆』文章を参考にして作った創作です。 】
昔、あるところに鬼が住んでいて、人間の里まで下りてきて、1人の娘をさらっていき、長らく妻として働かせていました。それでその娘の弟が、鬼にさらわれていった姉に会いたい会いたいと言って、遠く鬼の家を尋ねて山の中に深く分け入り、とうとう鬼の家を見つけました。さらわれて鬼の妻になっている姉に会えましたが、すぐに野良仕事から帰ってきた鬼が言うには『うん?どこか人間臭い!誰か人間が来ているな。』 妻が答えます。『誠に申し訳ありません。私の弟が私に会いたいがために遠くからやってきたのです。どうか、その弟のために、賭けをしてください。その賭けに負けたのならば、わたくしは諦めて一生あなたの妻として働きますが、もしその賭けに勝ったなら、弟と一緒に人間の里に帰してください。鬼は、当然人間よりも優れていると思っているので、力比べに勝ち、その弟を喰らってしまおうと企み、簡単に了承します。『よし、わかった!では賭けをしよう。』となり、三つの力比べをすることになりました。一つ目は檜の水桶で、鬼の家の大きな風呂場にある二つの(同じ大きさの)浴槽に、どちらが早く水を一杯に満たせるかという力比べです。姉が鬼に渡した方の檜の水桶には、ひそかに小さな穴が開けてあったので、そこから水がどんどん漏れ、汲めども汲めども、浴槽はいっぱいになりません。対して弟の方の浴槽はすぐに一杯になり、弟の勝ちです。二つ目はお湯の飲み比べです。どれだけ多くのお湯を飲めるかという勝負ですが、当然自分の方が体が数倍大きい鬼は楽勝だと思い、これも引き受けますが、姉は、弟には適度なぬるめの、しかも砂糖が入った飲みやすいおいしいお湯を、自分の夫である鬼のほうには、全く沸騰している熱湯を渡します。そうすると鬼は途中から咽喉(のど)焼けるような熱さになり、とても飲めなくなり、これも弟が快勝します。さて、3番目はかくれんぼ比べです。どこかに隠れて、如何に長く見つからないかを競うものですが、姉は、鬼が木の箱に隠れるように上手に仕向け、その木の箱をくぎ付けにして、そのまま大きな火処(くど)(昔の家にある、台所の竈(かまど)の大きいようなもの)に放り込んで、鬼を焼き殺してしまいました丸。これで、三つのかけ事に騙し勝ちし、鬼から解放された姉は、弟と一緒に鬼の家にあった金銀財宝や家具を全て持って帰り、その後村一番の金持ち長者になったということです。目出度し目出度し……。
佐藤和馬は 冷たくなった喜志子の遺体を上から睨みつけながら、つぶやくのでした。『俺の祖先は…お前の祖先に騙されて殺された、あの時の鬼だ!…水桶に穴をあけたり、熱湯を飲ましたり、はてはくぎ付けにして焼き殺すなどと…、何と残忍で恐ろしい女だ……。鬼よりも数倍数倍、残忍で恐ろしい……』
(この項:完)
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