(71)夏が終わるとホント鬱病になる。夏の最初に書いたワクワクの日記…

能登ぶらり旅
能登半島の雄大な海の写真(左の上の方の『鹿磯(かいそ)海岸』の展望

まあですね、本当にこの頃は心弾みます。ええっと今は7月半ばです。ここ最近2日ほどね。もうすごい暑い日が続いておりまして、まあ本当に夏が来たっていう感じですね。もうなにせ本当にわたくしは一年の内で1番元気が良いのは、学校が夏休みになる7月20日からお盆前の8月10日までです。その20日間だけは別人のように生き生きとした感じになる訳です。昔からやっぱり夏休みになるというとですね、子供の頃、夏休みにどこにも行けなくて、というか、親に特に市外などはどこにも連れて行ってもらえなくて、自分のぼろい実家の庭で…、庭というのが、6畳の部屋位の小さい庭なのですが、でも手入れもほとんどしていないので、小さい楠(くすのき)や草がぼうぼうに繁茂していて、それを、縁側に座って眺めている訳です。どこにも行けないので……。秋頃になると、コオロギの鳴き声がしたりするのです。こんな小さな庭で、どこにも行きようもないし、どこかから飛んできそうな所もそんな近くにないのに、小さい昆虫たちはいるのですね。

そういう訳で、自分は大人になったら、夏休みの宿題の日誌の中のイラストや、教科書の写真で見たような、東北という地方の緑いっぱいの山奥、深山幽谷(しんざん・ゆうこく)などに絶対行きたい!と強く心に思うようになりました。小さい庭の緑の風景だけをじっと見つめていた反動でしょうか?憧れでしょうか?遠い海へ行ったり、そういう人里離れたところが好きになったのかもしれませんけれども、本当にね、もう、今、大人になってそういう所に結構自由に行ける事を想像すると、それだけで、そしてそういうことのできる一番ぴったりの季節である“夏”が来る頃になると、全身の細胞が咽(むせ)び泣くというか、全身の細胞が涙を流して、喜びに打ち震える訳です。この感じわかるかな?夏が好きな人は分かるかも知れないですね。もう本当にね。全身が歓喜に燃えるって感じです。

あのうもう本当に嬉しいんですよ。確かに暑いのは、正直何をしても、汗ビタビタになりますので、そういう点では嬉しいというよりは嫌です。筋トレなどのトレーニングをしても汗びっしょりなので嫌です。近所の川原を散歩、ウォーキングしても、早く帰ってシャワーを浴びてスッキリしたいっていうのが1番にあって嫌なんですけれども、もう夏自体は大好きということで、速く、また大好きな能登半島の雄大な黒いような日本海を見ながら、海岸線を、狼煙(のろし)海岸辺りから皆月(みなづき)海岸辺りをドライブしたいと思います。まあ、もう能登半島は既に50回以上は訪れたと思いますので、本当は、さらにもっと遠くの、男鹿(おが)半島とか、佐渡ヶ島の近くの半島(は何という名前でしたかね?しかしそんなところに半島あったかな??)もっと遠方の、そういう方も行きたいぐらいですが、まあ、能登半島が1番名古屋に近いというか、とにかく夏の日本海が雄大で大好きですからね。まあ、そういう感じで、本当に今年もまた夏が来たという感じで、心がワクワクです。

…とこれが、冒頭にも書いたように7月の最初に、このブログの下書きの原稿として書いて用意して、まだアップロードしていないものでしたが、月日はすぐに流れて、今はもう本日=9月11日(土)となり、すでに夏は当然終わって過ぎゆきつつあります。なので、心理的には、もう、これからあとえ~~っと、9月はもう既に半分弱過ぎていますので、10月~5月の8カ月間を、雌伏(しふく)と言いますが、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)と言いますか、と言っても臥薪嘗胆というのは、何か負けて悔しくて、肝の苦い汁とかなめて、その悔しさとか無念さを忘れないようにして、毎日トレーニングして、来るべき、再度の決着の時に備えている状況を表している故事成語だと思うのですが、別に、来年の夏を待つだけなので、何かに負けた訳ではないのですが、とにかく、寂しくて、悲しくて、もう夏が恋しくて、恋しくて、また来年の夏までは、ひっそり暮らさなくては……という意味なんですよ。(終了)

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